ASD傾向のある娘
中学生の娘、いちごは発達障害があります。
診断が下りているのはADHDですが、検査をしたところASDもかなり強い傾向があり、私の主観で言うならばASDのほうが症状がやっかいだな、と感じることが多いです。
いちごのADHDは主に物忘れ、ぼんやり、注意散漫、気が散りやすいといった症状があり、まあこれだけでもサポートはそれなりに気をつかうわけですが、そこにASDが加わると言葉では言い表せないほど疲弊してきます。
ASDで最も困る娘の特性は、他人のことを考えられない、これに尽きます。
学校の最初の担任の先生からスーパー自己中という不名誉な呼び名をつけられたほどで、しかしその呼び名は娘をよく言い当てているのです。
質問の背景を読み取れない
いちごは寮にいるため、発達障害のお薬は、いつも私が病院でいただいてから寮にいる娘に送る、という流れでした。
ところが色々あって受診が遅れてしまったことがあり、娘の薬が足りなくなる恐れがありました。
娘のお薬は継続して飲まなければ効果が発揮できないため、死活問題です。
そこで私はお薬の残薬数を確認したくて「お薬まだある?」とLINEしました。
私としては、次の受診まで足りるか確認したかったのと、受診が遅れていることは娘も理解しているため、返答としては「あと◯日分残っているよ」といった類のものを期待していました。
しかし返ってきた返答は「まだあるよ」のみ。
うーん、そうなんだけど、そうじゃないというか…。
中学生という年齢を考えると、親にはそっけない態度を取りがちになるのはよくわかります。
なのであえて、言葉が足りないような返答をすることもあるでしょう。
しかし娘はいつも、昔からこんな感じの応答しかできないのです。
このように、発達障害の特性がある人は、LINEなどで質問されたときに、質問されたことだけに答えて、それで会話が終わってしまうことがあります。
相手が「なぜこの質問をしているのか」「このあと何を知りたいと思っているのか」を考えて、必要な情報を補足することが難しいからです。
また、頭の中ではわかっていても、それを文章にまとめて伝えること自体に負担がかかることもあります。
そのため、聞かれたことだけ答え、必要な情報を自分から追加して伝えないということが起こります。
これは、相手を困らせようとしているわけでも、わざと情報を隠しているわけでもないんです。
ただ会話を「質問されたことに答えるもの」と捉えているだけで、相手が次に必要とする情報まで伝えるというところまで考えが及びにくいのです。
そのため、質問するときはなるべく情報を引き出せるように結構細かく聞いたり、いくつか選択肢を用意して選ばせるような聞き方をしたり、工夫して質問するようにしています。
自分は悪くないという思考
以前、娘が反省しないという記事を書きました。
反省しない、何があろうと自分は悪くないと考える人間が存在すると思わなかったので、まさか自分の娘がそのタイプだったと知ったときは、驚きと絶望でお先真っ暗になりました。
ところで少し前、アイドルグループの女の子がファンと親密になり解雇されていました。
それを見たとき、なんとなくその子が娘と被って見えました。
先に言っておくと、そのアイドルが発達障害だと言っているわけではありません。
ただ、私が重なって見えたのは、「自分の行動が原因の一部になっているにもかかわらず、本人の意識の中では、起きた出来事によって自分が傷つけられた、という感覚が強くなること」なんです。
娘の場合、以前遅刻した理由を偽ったことがありました。
その後、別の日に遅刻したときには本当の理由を話したみたいです。
みたい、というのは、前回嘘をついていたことがあったため、私が信じなかったのです。
すると娘は、「本当のことを言ったのに信じてもらえない」と泣き出したのです。
娘の様子からすると本当に悲しかったようなのですが、私から見ると、
前回、嘘をついた
↓
そのことで信用が下がった
↓
だから、次に本当のことを言っても、すぐには信じてもらえない
という流れがあります。
これは私にとっては当然のことなのですが、この流れが、どうも娘にはよくわかっていないようなんですね。
娘にとっては、「前回のこと」と「今回のこと」が別々の出来事として存在していて、その間にある「信用」というものが、未来の出来事に影響するというつながりが見えてないように感じるのです。
自分が悪いと認めたくなくて、わざと責任逃れをしているというより、本当に「自分は何も悪いことをしていないのに、なぜこんな目に遭うのか」と感じているように見えます。
なのでアイドルのニュースを見たとき、私はそこに娘と似たものを感じたのです。
因果関係を説明する
さて、そんな相手にどうするかというと、因果関係を毎回説明する、これに尽きます。
前回からの流れをすっとばして、「自分は傷ついた、悲しい」という自分優先の気持ちになってしまうため、自分が悪いんだから反省しなさいと責めても響きにくいです。
「何が起きたのか」
「自分は何をしたのか」
「その結果、相手はどうなったのか」
「その結果が、次に自分へどう返ってきたのか」
この出来事を時系列に沿って整理するのです。
たとえば、今回のように遅刻の理由を偽ったあとに、次の遅刻で本当のことを話したにもかかわらず信じてもらえなかった場合、
「前回、遅刻の理由を偽った」
「そのことで、相手は遅刻理由はそのまま信じてよいのかと不安になった」
「そのため、次に本当のことを話しても、すぐには信じてもらえなかった」
「結果として、自分が悲しい思いをした」
という流れです。
しごく当たり前のことなのですが、発達障害のある子にはこの流れがわからないので、毎回説明するしかないのです。
正直、すごく面倒くさいです。
発達障害の子全てに同じ特性があるとは言いませんが、うちの娘はこのような認識のズレが至る所で起こるので、その度に対処することで疲弊してきます。
また、娘には、自分の中の基準に違反していなければ規範から逸脱しても構わないと考えている節があります。
こういった基準は人間だれしも持っているものだと思いますが、娘の場合はこの基準が甘いというか、かなりズレているところがあり、それは似た特性を持つ彼女の実父と共通しています。
例えば以前の記事でも書きましたが、お腹が痛くなるのは生理現象だから、トイレに入り長時間人を待たせても構わない、とか、何か理由があれば不倫しても構わないだとか。
そもそも彼が絶対に自らの不倫を認めなかったのは、「自分の中の不倫というもの」に当てはまらなかったからかもしれません、それがどんなに世間一般からはそうだと言われようと、です。
クソ喰らえな話ですが、このような理由から自分の行いを過ちと認められず、反省できない人が存在し、残念なことに我が子が当てはまってしまいました。
このままでは将来的にかなりまずいことになる、というのが私の1番の心配なのです。
なんとか真っ当な生活ができるまで、引っ張っていきたいものです。

